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総合診療/家庭医療領域のエビデンス構築を目指して

研究にまつわるストーリー:プライマリ・ケアの質を評価するツールの開発

Aoki T, Inoue M, Nakayama T. Development and Validation of the Japanese version of Primary Care Assessment Tool. Fam Pract. 2016;33(1):112-7.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

「医療の質」に関心を持っている方は多いと思いますが、プライマリ・ケア、総合診療/家庭医療の質はどうやって評価すれば良いのでしょうか?

 

 今回ご紹介するのは、私が初めて本格的に取り組んだ研究であり、現在もメインテーマの一つである「プライマリ・ケアの質評価」に関する研究です。今回は研究の中身というより、ストーリー(前日譚・後日譚)を中心に書きたいと思います。

 

前日譚

・研究の着想

 「プライマリ・ケアの質をどうやって評価すれば良いのか?」という疑問が生じたのは、総合診療/家庭医療の後期研修を終えた医師6年目の頃でした。

当時診療所のスタッフとして勤務し、質改善活動に関心を持っていた私は、自身や診療所全体の質を向上させるには、まず評価が必要ではないかと感じていました。

 

 特に、部分的かつ非特異的な指標(例えば慢性疾患のコントロールなど)以外のプライマリ・ケアに特異的な評価ツールはないものかと探していました。

 

 なお当時は医療政策の社会人大学院にも夜間通学しており、プライマリ・ケア質評価の社会的意義の大きさ、ヘルスサービス研究におけるツールの有用性に気づいたことも着想に影響しました。

 

 ざっと検索をしてみると、少なくとも日本にはまだ存在しないということ、そして海外では複数のプライマリ・ケア評価ツールが存在することが分かってきました。

これらのツールは、いずれもプライマリ・ケアを定義付ける特性(近接性、継続性、協調性、包括性など)を中心に評価を行うものでした。

www.primary-care.or.jp

 

 こうした評価ツールの必要性を強く感じ、知的好奇心も相まって日本版の開発を決意してみたものの、当時研究経験がほぼ皆無だった私は、まず身近な先輩に相談してみようと考えました。

相談相手は、同じ診療所の先輩医師である井上真智子先生(現 浜松医科大学 特任教授)でしたが、なんと偶然にも、井上先生もプライマリ・ケア評価ツールの開発を構想されているところでした。こうした偶然の助けもあり、井上先生、そして京都大学の中山建夫先生とも一緒に研究をさせて頂く機会に恵まれました。

 

・プロジェクトの立案

 研究テーマにも寄りますが、一般的に、単独の研究を実施しただけで、自分のResearch Questionに答えを見出すことは困難です。

複数の研究を積み重ねていく、プロジェクトが必要になります。

この研究もステップを順に踏み、複数の論文に跨るプロジェクトとして計画を立てました。

 

Step 1 海外の評価ツールに関する文献レビュー、ベースとなる評価ツールの選定

Step 2 翻訳、逆翻訳

Step 3 専門家パネルによる修正Delphi

Step 4 患者パネルによる質的認識テスト

Step 5 信頼性・妥当性の検証を目的とした検証研究

Step 6 上記と別集団における妥当性の検証研究

Step 7 ツールを活用したヘルスサービス研究の展開

 

・ベースとなる評価ツール

 まずStep 1の文献レビューによって、海外で開発されたツールを精査・検討した結果、

ジョンズ・ホプキンズ大学のStarfield先生たちが開発し、国際的にも広く活用されているPrimary Care Assessment Tool (PCAT)をベースに評価ツールを開発することに決定しました。

(ちなみにStarfiled先生は、プライマリ・ケア研究の世界的権威です。残念ながら2011年に他界されました。)

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(11)61281-6/fulltext

 

 ただし、①ヘルスケアシステムは国によって異なること、②原版PCATは項目数が多く、usabilityに課題があったことから、日本のセッティングに合わせた改良を行うとともに、信頼性・妥当性を担保しつつ項目数を減らすことで、原版を超えるツールの開発を目指すことにしました。

 

・評価の主体は誰なのか

 ツールを開発していく上で、一つ悩ましい選択がありました。

それは、評価を行う主体は誰なのか?医療者か?患者か?という課題でした。

なぜならPCATには両者のバージョンが存在していたからです。

 

 医療の質と言うと、医療者視点の指標を指すのが一般的です。

ですが、私たちはあえて患者が評価の主体となるツールを開発することに決めました。

それは、情報収集を続ける中で、当時日本では全く普及していなかったPatient Experience (PX)という新しい医療の質指標の概念を知ることになったからでした。

(後日譚でも触れますが、実はこの選択が後に大きな意味を持つことになりました。)

 

・PXとは

 医療の質と聞くと、技術的な質を思い浮かべる方が多いと思いますが、ただそれだけでは重要な部分が欠落してしまっています。

ストラクチャー、プロセス、アウトカムの分類で有名なDonabedian先生も言及していますが、医療の質は以下の2つを包括したものであり、どちらも重要なコンポーネントです。

①Technicalな質

 客観的な質とも言えます。これまでの医療分野では、客観的かつ定量化が容易で、技術によって解決しやすい指標に価値が置かれてきました。

②Interpersonalな質

 主観的な質とも言えます。医療者と患者との「関係性」に関する質です。従来は、その評価の難しさもあって、技術的な質と比べて軽視されてきましたが、PXの概念の出現によって、近年国際的に重視されるようになりつつあります。例えば、コミュニケーションなどが含まれ、プライマリ・ケアにおいては特に重要な質です。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 PXは、「医療サービスに関する患者の経験」を意味し、このInterpersonalな質に分類されます。

従来用いられてきた患者満足度と異なり、計量心理学の方法論を用いて標準化され、信頼性・妥当性が検証されたツールが評価に用いられます。

 

 前置きが長くなりましたが、プライマリ・ケアでは特に重要なPXにフォーカスし、患者視点の質評価ツール(Japanese version of Primary Care Assessment Tool: JPCAT)を開発することが、研究の目的になりました。

 

研究方法、成果

 冒頭でご紹介した論文は、研究プロジェクトのうち、Step 2〜5に関するものです。

試作版尺度を開発したのち、一般住民を対象としたサーベイを実施し、計量心理学の手法を用いてJPCATの信頼性・妥当性を検証しました。

尺度の開発・検証研究なので、今回はごく簡潔に内容を記します。

 

・対象、セッティング

住民基本台帳から無作為抽出された40〜75歳の東京都北区住民1100人

 

・測定項目

JPCAT試作版尺度(Step2〜4で開発)

医療機関に対する総合的評価

住民の基本属性

 

・統計解析

構造的妥当性は探索的因子分析、基準関連妥当性はJPCATスコアと総合的評価のSpearman順位相関係数、収束的・弁別的妥当性は多特性行列分析をそれぞれ用いて、尺度の妥当性を検証しました。信頼性(内的一貫性)はCronbachのα係数を用いて検証しました。

 

・結果

回答が得られた402人の住民のうち、プライマリ・ケア医を有していた204人のデータを分析しました。なお本研究におけるプライマリ・ケア医は、国際的に汎用されるUsual Source of Careの設問によって定義しました。

因子分析によりPCATと同じ5因子構造(近接性・継続性・協調性・包括性・地域志向性)が確認され、JPCATスコアと総合的評価との間には正の相関を認めました(r=0.59)。また多特性行列分析における成功率は93.3〜100%でした。最終的に構成したJPCATは29項目から成り、Cronbach α係数は0.90と高い内的一貫性を有していました。

 

引用:Aoki T, Inoue M, Nakayama T. Development and Validation of the Japanese version of Primary Care Assessment Tool. Fam Pract. 2016;33(1):112-7.

 

後日譚

・研究としての影響

 日本では新しい概念であるPXやJPCATに対して、論文の発表後、賛否両論がありました。

①肯定

  • 本研究は、日本プライマリ・ケア連合学会学術集会で学術的に高く評価され、日野原賞(学会賞)を受賞することができました。
  • 本論文は、数多くの論文に引用され、2017年にはOxford University Press Public Health部門のhighly cited articlesに選出されました。
  • またこれからPXの研究をしてみたいという日本の研究者や、同様の研究を行なっている海外の研究者とネットワークを作ることもできました。
  • 現在はStep 6 上記と別集団における妥当性の検証研究を終え、Step 7 ツールを活用したヘルスサービス研究の展開を継続しており、私以外の研究者によっても、医療機関や地域レベルで臨床研究に活用されています。
  • さらにプライマリ・ケア以外のセッティング(大病院や在宅医療など)や民間企業にも、PX評価を導入したいという賛同者が増え、研究領域が拡大しています。

②否定

  • 日本ではPXは新しい概念であり、研究者もほぼ皆無だったため、公衆衛生や医療の質のベテラン研究者から、そもそもの概念的意義について多くの批判がありました。
  • 前述の通り、技術的な質以外を医療の質と認めない風潮が根強く、「患者が医療の質を評価できるわけがない」というのが、最も多いご意見でした。
  • ただ、否定派の方々と議論を重ねることは、日本でPXという新しい概念をどうやって理解してもらい普及させていくべきか、ということを考える上で、非常に有益な機会になったのも事実であり、今ではとても感謝しています。
  • 研究の本来の目的からすれば、論文が出た後も議論を続けることが肝心であることを身をもって経験することができました。

 

・プラクティスへの影響

 残念ながら、こういったツールや予測モデルなどは、論文が出ても、殆どのものは実際に現場で活用されません。

実装されるか否かを左右するのは、そのツールや研究自体の質はもちろんのこと、開発後に研究者が実装のための工夫を惜しまないことも重要だと考えています。

このJPCATの場合は、複数のメディアで日本語で紹介した他、ウェブサイトを立ち上げて周知・活用を図るとともに、自ら多施設調査を主導し、まず試しに現場の医療者に使って頂く機会も設けました。

www.patient-experience.net

 その結果、現在では数多くの方からツールの使用申請を頂き、質の評価・向上に活用頂けるようになりました。

 

 また大きかったのは、同じ志を持つ実践者たちとの出会いです。2018年に設立され、私も世話人としてお手伝いさせて頂いている一般社団法人 日本PX研究会は、その代表です。

www.pxj.or.jp

 

・政策への影響 

  この記事を執筆している時点では、JPCATを含めたPX評価は、まだ日本で政策的に導入されていません(海外ではすでに政策的に活用が進んでいます)。

ただ、幸運にもこの研究が起点となり、これまで医療の質評価・向上に尽力されてきた日本のトップの方々と同じ土俵で議論する機会に恵まれる様にもなりました。

このステージでは、プライマリ・ケアを含めた様々なセッティングでのPX評価を、日本の医療の質の向上のために、政策的に活用し得るのかも追求していきたいと考えています。

 

長文にお付き合いありがとうございました。