Academic GP

総合診療/家庭医療領域のエビデンス構築を目指して

研究にまつわるストーリー:日本におけるマルチモビディティの実態とパターン

Aoki T, Yamamoto Y, Ikenoue T, Onishi Y, Fukuhara S. Multimorbidity patterns in relation to polypharmacy and dosage frequency: a nationwide, cross-sectional study in a Japanese population. Sci Rep. 2018;8(1):3806.

www.nature.com

 

近頃は日本でも医学書や雑誌などで取り上げられる様になった「マルチモビディティ」ですが、その実態はどこまで明かになっているのでしょうか?

 

 今回ご紹介するのは、私の研究テーマの一つである「マルチモビディティ」に関する研究です。今回も研究の中身に加えて、ストーリー(前日譚・後日譚)についても触れたいと思います。

 

前日譚

・研究の着想

 マルチモビディティは、一般的に2つ以上の慢性疾患が一個人に併存している状態であり、中心となる疾患を特定できない状態を指します。高齢化に伴って疾病構造が慢性疾患主体に変化している今日では、日常診療で高頻度に遭遇します。

 

 マルチモビディティという概念を初めて知ったのは、後期研修医の頃でした。私の総合診療/家庭医療の師匠である藤沼康樹先生から教わりました。

マルチモビディティや複雑性に興味を持った私は、当時の研修先でとても簡便なサーベイを実施し、学会発表やポートフォリオ発表をしました。

思い返してみると、これが私にとってマルチモビディティ・複雑性に関する初めての研究でした。本当にシンプルな研究で論文化もできませんでしたが、現象をきちんと記述することの重要性を学びました。

www.slideshare.net

 

 その後、藤沼先生が企画されたマルチモビディティの雑誌特集を読んだり、自分で文献を調べたりしていましたが、そこで分かったのは、

日本では、そもそもどれくらいのマルチモビディティ患者がいるかすら研究されておらず、要するにほぼ何も分かっていないという事実でした。

 

 当時、私には利用可能なデータも臨床研究の経験もなかったため、いずれチャンスが巡って来たら、マルチモビディティの研究をして、まず日本の実態を明かにしたいと考えました。

またその上で、個人的に興味があり、臨床経験からも重要だと考えていた研究テーマがありました。それは、マルチモビディティのパターンです。

 

・マルチモビディティのパターン

 マルチモビディティの患者を診療していて、「複数の慢性疾患の併存」という定義が、臨床上どこまで有用なのかという疑念を持っていました。 

例えば2つの慢性疾患を持つ患者であっても、その中には慢性心不全と糖尿病を持つ患者もいれば、気管支喘息アトピー性皮膚炎を持つ患者もいる訳です。両者の健康リスクや適切なアプローチ法には違いがあることが予想されます。

 

 疾患数による一括りの定義から一歩踏み込み、そのパターンを見出すことが、リソース配分やパターン別のアプローチ法開発に有効ではないかと考えていました。

文献を調べてみると、海外ではマルチモビディティのパターンを分析した研究が既に実施されていることを知りました。ただし同時に、そのパターンがどの様な臨床的意義を持つのかについては、先行研究がほとんどないことも分かりました。

 

 ・チャンス到来

 その後2016年、当時京都大学の大学院生だった私に、思いがけずマルチモビディティの研究を行うチャンスが訪れました。指導教官の先生方が、全国の一般住民を対象とした前向きコホート研究に誘ってくださり、私が取得したいデータを調査に組み入れて頂けることになりました。

そこで研究の目的を

①日本のマルチモビディティの実態を明らかにすること

②マルチモビディティのパターンを同定すること

③そのパターンとポリファーマシーや服薬回数といった治療負担との関連を明らかにすること

としました。

③は、パターンが持つ臨床的意義を明らかにするために設定しました。

治療負担とは、ポリファーマシー、服薬回数の増加、受診や検査頻度の増加、ライフスタイルの変化など、特にマルチモビディティ患者で増大しやすい治療に関連する患者側の負担を指します。

  

研究方法、成果 

・研究デザイン

 全国一般住民を対象とした横断研究

 

・対象、セッティング

 民間会社が保有する全国住民パネルから、年齢、性別、居住地域に基づくquota samplingによって抽出された18〜84歳の住民。

 

・測定項目

①慢性疾患

 高血圧、糖尿病、脂質異常症脳卒中、心疾患、呼吸器疾患、消化器疾患、腎疾患、泌尿器疾患、膠原病・関節疾患、腰部疾患、神経疾患、精神疾患、内分泌疾患、悪性疾患、眼疾患、皮膚疾患

②ポリファーマシー、服薬回数

 10種類以上の処方薬+OTC薬をexcessive polypharmacyと定義

 服薬回数が3回/day未満をlower dosage frequency、3回/day以上をhigher dosage frequencyと定義

③共変量

  年齢、性別、最終学歴、世帯年収

 

・統計解析

①マルチモビディティ・パターンの同定

 全研究参加者を解析対象とし、多次元項目反応理論を使用した探索的因子分析によって、マルチモビディティのパターンを同定しました。

因子数は、平行分析を用いて決定し、因子分析では因子負荷量0.30以上の疾患を採用しました。

最大事後確率推定を用いて、対象者ごとに各パターンの傾向の強さをパターンスコアとして算出しました。

 

マルチモビディティ・パターンとポリファーマシー、服薬回数との関連

 医療機関に定期通院している研究参加者を解析対象としました。

年齢、性別、最終学歴、世帯年収を交絡因子として調整した多重ロジスティック回帰分析を用い、四分位で区分したマルチモビディティ・パターンスコアとexcessive polypharmacy及びhigher dosage frequencyとの関連を解析しました。

欠損値は、多重代入法を用いて対処しました。

 

・結果

①マルチモビディティの頻度

 3,256名の一般住民が本研究に参加しました。マルチモビディティの有病割合は、18歳以上の住民において29.9%65歳以上の高齢者においては62.8%に昇りました。

また医療機関に定期通院している参加者は、1,480名であり、そのうち6.8%にexcessive polypharmacyを、23.7%にhigher dosage frequencyを認めました。

 

②マルチモビディティ・パターンの同定

 平行分析の結果、5因子構造が仮定されました。

Figure 1 | Scientific Reports

 

 因子分析の結果、以下の5つのマルチモビディティ・パターンが同定されました。

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マルチモビディティ・パターンとポリファーマシー、服薬回数との関連

 多変量解析の結果、パターンによって、ポリファーマシーや服薬回数との関連に差異が認められました。

  • 心血管/腎/代謝疾患及び悪性/消化器/泌尿器疾患パターンスコアは、excessive polypharmacyとの関連が大きかった。
  • 骨/関節/消化器疾患、呼吸器/皮膚疾患、悪性/消化器/泌尿器疾患パターンスコアは、higher dosage frequencyとの関連が統計学的に有意だった。

Figure 2 | Scientific Reports

 

引用:Aoki T, Yamamoto Y, Ikenoue T, Onishi Y, Fukuhara S. Multimorbidity patterns in relation to polypharmacy and dosage frequency: a nationwide, cross-sectional study in a Japanese population. Sci Rep. 2018;8(1):3806.

 

後日譚

・研究としての影響

 この研究は、日本初のマルチモビディティの実態やパターンを調査した研究となり、国際的にもパターンと治療負担との関連を調査した初の研究となりました。

この論文が出版された翌年の2019年頃から、徐々に他の日本の研究チームからもマルチモビディティに関する原著論文や総説論文が発信されるようになりました。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

www.jstage.jst.go.jp

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 その後、我々もマルチモビディティに関する原著論文を複数出版しています。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 現在、本研究の追跡データを用いて、マルチモビディティ・パターンが健康関連QOL低下に及ぼす影響に関する前向きコホート研究の論文も投稿中です。

 

 また総合診療領域以外でもマルチモビディティに対する関心が高まりつつあり、昨年は日本緩和医療学会等3学会の合同学術大会で、マルチモビディティに関する国際シンポジウムに登壇しました。今後は領域横断的な共同研究に発展する兆しもあります。

緩和・支持・心のケア 合同学術大会2020 プログラム

 

・プラクティスへの影響

 有難いことに、本研究は現場の臨床医(特に総合診療医)からも大きな反響を頂き、臨床医向けの医学書籍や雑誌、ブログなどでも数多く紹介して頂いています。

 

藤沼康樹先生のブログ

高齢者多疾患併存、その診療のコツ - 藤沼康樹事務所(仮)for Health Care Professional Development

長野広之先生のブログ

日本のMutimorbidityのパターンについて : 今日なに読もう〜病院総合診療医の論文ブログ〜

森川暢先生のブログ

マルチモビディティパターンとポリファーマシーの関係 - コミュニティホスピタリスト@奈良

 

大浦誠先生の医学界新聞連載「ケースで学ぶマルチモビディティ」では、連載回のタイトルにもマルチモビディティ・パターンを取り入れて下さっています。

www.igaku-shoin.co.jp

 

日本医事新報にも寄稿しました。

www.jmedj.co.jp

 

 今年は、臨床医学雑誌でマルチモビディティ・パターンをテーマにした特集を組むことになっています。こちらも出版されたら手に取って頂ければ幸いです。

 

 しかしながら、今のところ、まだマルチモビディティ・パターンの臨床的意義が明らかになり始めた段階で、パターン別アプローチ法の開発が、今後の重要な研究課題と言えるでしょう。これからもマルチモビディティ診療の質向上のために、エビデンスを発信していきたいと思います。

 

長文にお付き合いありがとうございました。