Aoki T, Yamamoto Y, Ikenoue T, Urushibara-Miyachi Y, Kise M, Fujinuma Y, Fukuhara S. Social Isolation and Patient Experience in Older Adults. Ann Fam Med. 2018;16(5):393-8.
Aoki T, Urushibara-Miyachi Y. A qualitative study of socially isolated patients’ perceptions of primary care. J Gen Fam Med. 2019;20(5):185-9.
近年総合診療を中心に、医学領域でも「混合研究法」が注目を集めています。混合研究法は、量的研究と質的研究を組み合わせた研究法です。
今回ご紹介するのは、私たちが「プライマリ・ケアにおける社会的孤立」をテーマに実施した混合研究です。今回も研究の中身に加えて、ストーリー(前日譚・後日譚)についても触れたいと思います。
前日譚
・研究の着想
社会的孤立(Social Isolation)は、高齢者を中心に今や国際的に大きな社会問題になっており、COVID-19パンデミックの影響も絡めてメディアで取り沙汰されています。最近では、孤独・孤立対策室が内閣官房に設置されたことがニュースになりました。
この社会的ネットワークに関する問題は、医療と無関係ではありません。なぜなら、死亡率、入院、認知機能低下、転倒、自殺などの健康リスク上昇との関連が指摘されているためです。
特に地域と密接なプライマリ・ケア・総合診療の現場では、この問題に遭遇する頻度が高く、臨床医としても課題を実感していました。
最近では日本でも社会的処方といった介入が取り上げられる様になりましたが、私はプライマリ・ケアの場における社会的孤立に関する基礎的情報が圧倒的に不足しているのではないかと感じていました。
具体的には、
・日本のプライマリ・ケアを受診する高齢者に、社会的孤立状態の患者がどのくらいいるのか?
・社会的孤立状態の患者は、プライマリ・ケアでどのような経験をしているのか?
といった疑問がありました。後者の疑問は、「社会的孤立状態の患者に提供されている医療の質は低いのではないか?」という仮説に基づくものでした。
調べてみると、特に後者の問いについては、海外も含めて先行研究に乏しいことが分かりました。そこで、社会的孤立患者が持つプライマリ・ケアに対する経験を明らかにすることを目的に研究を行うことにしました。
本研究は、混合研究法を用い、量的研究の手法だけでなく、質的研究の手法も組み合わせることによって、より詳細なデータを集めるデザインを採用しました。
論文の内容
・研究デザイン
多施設共同研究、混合研究法(説明的順次デザイン)
①量的研究
・対象、セッティング
計28診療所を特定日に受診した65歳以上の外来患者(連続サンプリング)。
・測定項目
①社会的孤立
日本語版 Lubben Social Network Scale 短縮版(LSNS-6)
先行研究に準じ、12点未満を社会的孤立状態と評価。
②プライマリ・ケアにおけるPatient Experience (PX)
Japanese version of Primary Care Assessment Tool (JPCAT)
6つのドメイン[近接性、継続性、協調性、包括性(必要な時に利用できるサービス)、包括性(実際に受けたことがあるサービス)、地域志向性]で構成。
過去のブログ記事参照
③共変量
年齢、性別、最終学歴、世帯年収、主観的健康感、精神状態(SF-36 5-item Mental Health Index)
・統計解析
上記共変量および施設クラスタを調整した線形混合効果モデルを用い、社会的孤立とJPCATスコアとの関連を解析しました。
・結果
①プライマリ・ケアにおける社会的孤立状態の頻度
465名の65歳以上の高齢者が本研究に参加しました。社会的孤立状態の割合は27.3%に昇りました。
②社会的孤立状態とPXとの関連
- 多変量解析の結果、社会的孤立状態の高齢者は、そうでない高齢者と比較し、JPCAT総合スコアが低値でした。
- JPCATのドメインの中では、特に継続性、包括性(実際に受けたことがあるサービス)、地域志向性が低値でした。
引用:Aoki T, Yamamoto Y, Ikenoue T, Urushibara-Miyachi Y, Kise M, Fujinuma Y, Fukuhara S. Social Isolation and Patient Experience in Older Adults. Ann Fam Med. 2018;16(5):393-8.
これらのスコア差は、統計学的に有意であると同時に、過去の研究から臨床的にも有意と考えられました。
②質的研究
・対象、セッティング
量的研究のLSNS-6で社会的孤立状態と評価された患者の中から8名を合目的的サンプリング。
・データ収集
個別インタビュー(半構造化面接)
量的研究の結果をもとに、インタビューガイドを作成。
・分析
テーマ分析
問い:社会的孤立がPXに及ぼす影響のメカニズムとは何か
概念的枠組み:プライマリ・ケアの特性(近接性、継続性、協調性、包括性、地域志向性)
まず2名の研究者が独立して分析し、最終的に議論によってテーマを抽出。
・結果
抽出されたテーマ
メインテーマ1:地域のプライマリ・ケア医に関する情報の制限
サブテーマ
コミュニティから情報を入手する機会の制限
主治医が行う地域活動との接点の不足
メインテーマ2:行き掛かり上の主治医の決定
サブテーマ
実験的な受診による主治医の吟味
受動的な主治医の決定
メインテーマ3:主治医との希薄な関係性
サブテーマ
主治医の役割の限定化
社会的情報の共有に対する抵抗
引用:Aoki T, Urushibara-Miyachi Y. A qualitative study of socially isolated patients’ perceptions of primary care. J Gen Fam Med. 2019;20(5):185-9.
結果のまとめ
・社会的孤立患者は、そうでない患者と比較し、プライマリ・ケアの質を低く認識している。
・中でも継続性、包括性、地域志向性に課題がある。
・質的研究で抽出されたテーマが、社会的孤立患者に対するプライマリ・ケアの質向上のヒントになる可能性がある。
社会的処方は、地域志向性と関わりが強いですが、それのみでは社会的孤立患者の健康リスク低減には不十分ではないかと考えられます。
後日譚
・混合研究を学術誌に投稿する際の苦労
この研究をきっかけに、今の科学界において、混合研究を学術誌に投稿する上での難しさも実感しました。
実は、この混合研究は当初1編の論文として発表予定でした。しかし、査読を経て、投稿先から量的研究部分のみを報告するよう修正を依頼されました。その理由には、ジャーナル側の要因として、紙面が限られている中で文字数が多くなりやすい混合研究論文のハードルが相対的に高いことや、本研究の内容に関する要因として、質的研究パートのクオリティが、量的研究パートのそれよりやや劣っていたことが想定されました。そのため本研究は、2編の論文に分けて発表しました。
この研究ののち、別の混合研究論文を投稿した際にも困難な状況に接しました。それは、量的研究と質的研究を統合的に評価できるジャーナルの編集者や査読者が非常に少ないという現状です。大抵量的研究と質的研究のどちらかを専門とする編集者や査読者に当たるため、正当な査読が行われないケースが相次ぎました。
近年混合研究を専門とするジャーナルが出てきているので、こういった所に投稿すると、この様な問題はあまり生じないのかもしれません。
・研究としての影響
この研究の量的研究パートは、プライマリ・ケア・総合診療領域のトップジャーナルであるAnnals of Family Medicineに掲載されました。このジャーナルには、領域における重要な論文が数多く掲載されるため、総合診療医の私にとって以前から憧れの対象でした。今回の掲載以前にも多数の論文を投稿していましたが、採択率が低いため、いずれもEditor kickされていました‥ まずこのジャーナルに自分の論文が掲載された自体が驚きでした。
予想外だったのは、掲載号のEditorialで本研究が大きく扱われたことでした。”The Long Loneliness of Primary Care"というタイトルで、私たちの研究と後述のFrey先生のエッセイを絡めて論じられました。プライマリ・ケア・総合診療領域で、いかに社会的孤立が国際的な課題になっているかを示しています。
さらに予想外だったのは、当領域の米国における権威であるJohn Frey教授から本研究に関して直接連絡を頂いたことでした。Frey教授のグループもプライマリ・ケアにおける社会的ネットワークの研究を行っており、共同研究についてもお話することができました。
「社会的孤立患者に対して、どのようなプライマリ・ケアを提供すべきか?」という問いに対して、本研究は一石を投じましたが、その後の研究でもまだ分かっていないことが多いのが現状です。今後も重要な研究課題であり続けると考えられます。
お付き合いありがとうございました。